「アンナチュラル」感想 |1話と7話、そして8話が好き
IT社長との交際でも話題の石原さとみの主演ドラマ。
評判も良いので一気に見てみました。
シリーズ通しての雑感です。
死因究明を鍵とした、パラダイムシフト
アンナチュラルという作品は、法医解剖医にフィーチャーしたドラマです。
「死因の究明」が、物語上で大きな意味をもちます。
なかでも1話と7話、そして8話がもっとも、死因究明によるインパクトが際立って表現されていたように感じます。僕の特に好きな回はその3つです。
第1話「名前のない毒」
石原さとみ扮する法医解剖医「三澄ミコト」の死因究明により、原因不明だった死因が明らかに。
しかし死因を明らかにしたことで、海外から病原菌を持ち帰った元凶として、故人の男性とその遺族が世間からバッシングを受けることにも…。
しかし、さらに鑑定を進めることで新事実が発覚します。
感染源は被害男性ではなく、病院の院内感染であったことが明らかになるのです。
「世間に迷惑をかけた、はた迷惑な死者」が、死因究明により一転「病院の不祥事による、院内感染の被害者」へと大きく価値転換します。
「死因究明」のフィルターを1枚通すだけで、すべての認識が一変するんです。
このマイナスからプラスへの急激な価値転換が、アンナチュラルの醍醐味だと僕は感じます。
さらに1話が巧妙なのは、ストーリー前半で間違った原因特定により、被害者の名誉を棄損しかけているところでしょう。
法医学の責任と危険性を、見事に視聴者に刷り込むことに成功しています。作者の意図がとても明確で無駄がありません。
僕はアンナチュラルを休日の早朝から見ていたのですが、1話を見終えた時点で、コンビニに買い出しにいきましたね。間違いなくその日中に全話完走できると確信できたからです。実に幸せな時間でした。
第7話「 殺人遊戯」
当初、凶悪犯だと思われた少年Sが、実は、友達の自殺の原因を世間に知らせるために決死の行動をとっていたことが明らかになるという筋書き。
「凶悪犯」「少年犯罪」⇒「いじめの被害者」「友達想いの純粋な少年」
という、これまた見事なパラダイムシフトが起こります。
そして7話で何より心打たれたのは、 最後、自殺しようとする少年(犯人)に対してのミコトの呼びかけです。
「質問に答えて。あなたが死んで何になるの?」
「あなたを苦しめた、人の名前を遺書に残して、それが何?」
「彼らはきっと、転校して、名前を変えて、新しい人生を生きていくの」
「あなたの人生を奪ったことなんて、すっかり忘れて生きていくの」
「あなたが命を差し出しても、あなたの痛みは、けっして彼らに届かない」
「それでも死ぬの?」
「あなたの人生は、あなたのものだよ」
現実の報道番組では、加害者の未成年者に配慮するためあまり触れられませんが、ネットでは語りつくされている主張だったりしますよね。
自殺して世間に訴えても、加害者には差し出した命に見合った罰が下ることはないのです。
そこが僕たち大人が無力であり、悔しいところなのですが、そんな大人たちのくすぶっている想いを、石原さとみが代弁してくれています。
これで感動しないわけがない。よく言った!となるのは必然です。
踊らされてる感がして悔しいけど、大人代表としてありがとうと言いたくなるシーンでした。
自分が子どもの頃を思い返すと、親や先生の言葉は届かなくても、創作物の言葉は届くことが多かったし、ストンと腑に落ちたりもするものです。
アンナチュラル7話は、現実に何人かの命を救っているのかもしれない。そんな身勝手な妄想を抱かせてくれるほどには、僕の心に響いた回でした。
第8話「遥かなる我が家」
これがまた良いんだ。
雑居ビルで火災が発生。10人の被害者が出ます。
被害者の一人がヤクザ者で、彼は火災の前に何者かによって殺害されていることが判明。その殺人を隠すために放火され、残り9人は不幸にも巻き込まれてしまったのだ、というのが当初の見解。
ご遺体に向かって父親が罵声を浴びせます。
「このボンクラ息子!殺されるなら殺されるで、周りに迷惑かけんで一人でくたばれ!」
でも、真相は違いました。
彼は知人たちを助けるために、燃え盛る雑居ビルのなかに飛び込んで、最後まで救助を試みていたことが判明したのでした。
ここでも天地がひっくり返るような大転換が起こります。
<間違った見解>
ヤクザ者が身から出たサビで殺害された。しかも無関係の周りの人たちを巻き添えにする結果となった。
<真実>
殺されたのではなく、事故で頭をぶつけた。仲間を救助しようとした末に、自らも焼死。
悪人のロクデナシが、めちゃめちゃ良い兄ちゃんに変わるんですね。
彼を悪人だと思って見ていた僕たちの心には、たとえ創作物だと理解していても、心の中で、被害者男性に対して「申し訳ない気持ち」が芽生えます。
そして同時に「真実が解明されて良かった」という気持ちも。
他のお仕事ドラマとの決定的な違い
法医解剖医という職業の意義が徹底して描かれます。
そこが他のお仕事ドラマと決定的に違います。
というのも、よくあるお仕事ドラマって、たとえば警察だったら、主人公の属人的な能力や志により、僕たちにとっての「理想の警察官像」が表現されています。
例を挙げると、ドラマ「相棒」では、警察組織の腐敗や無能ぶりがたびたび描かれます。その対極にあるのが潔癖なまでの正義を行使する、頭脳明晰な刑事「杉下右京」です。
ドクターXも同様です。病院組織の腐敗や堕落した医師たちの姿が描かれ、そのアンチテーゼとして、米倉涼子が演じる天才外科医「大門未知子」が存在します。
つまり現実は残念だけど、ドラマだからカッコいい主人公が登場します、という仕立てなんですね。ところがアンナチュラルは違います。
UDIラボに登場するメンバー全員が、一定以上の能力を備えた尊敬に値すべきプロフェッショナルとして描かれます。
法医解剖に携わる人たちを、一貫して正義の職業として描いているところが一線を画しています。
そして、正義であるべき職業としての法医解剖医が描かれるからこそ、中堂さんの苦悩に人間味を感じるし、ミコトや東海林の一人の女性としての側面も自然な魅力として受け入れることができます。
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アンナチュラルは、解剖医が主人公だけに人が死ぬし、全編を通じて陰鬱なストーリーも展開されます。
でも、それでも見ると不思議に前向きな気持ちにさせてもらえるのは、既存のお仕事ドラマの背景にありがちな「現実へのあきらめや批判」といった、ネガティブな要素が排除されているからではないでしょうか。
ある意味で、設定がデフォルメされておらず現実に近いんですよね。リアリティがある。
決して、石原さとみが可愛いからだけではないと思うのです。