効率化の果てに、最大の非効率が潜んでいる|サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠
『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』という本を読みました。
著者はフィナンシャル・タイムズ紙アメリカ版編集長であるジリアン・テット氏。本の帯に写っている方がそうです。
組織に蔓延る新しい形の腐敗を描いた一冊(正確には腐敗といってしまうと語弊があるかもしれませんが)。
高度に複雑化した社会に対応するため、大企業をはじめ様々な組織が専門家たちの「サイロ(窓がなく周囲が見えない状態)」になり、変化に対応できなくなっていると著者は言います。
本書ではサイロが組織におよぼす悪影響「サイロ・エフェクト」について、いくつかの実例をもとに、多面的に取り上げられていました。
- ニューヨーク市庁
- ソニー
- UBS銀行
- シカゴ警察
- クリーブランド・クリニック(アメリカの医療機関)
- フェイスブック
途中、金融関係の話は複雑で眠気を催したりもしましたが、警察や病院組織については海外ドラマの影響もあって、受け入れは比較的容易でした。馴染みのある企業、ソニーやフェイスブックについての章も理解しやすかったですね。
- 一番、分かりやすかったのは、ソニーのケース。
- 結果、ソニーに何が起こったか?
- ソニーはなぜ、強固な縦割り組織になってしまったのか。
- 効率化の果てに、最大の非効率が潜んでいた。
- では、サイロへの対抗手段はないのか?
- サイロの除去には、非効率を許容するゆとりも必要。
- 明日からできる、組織にサイロを生まないための心構え。
一番、分かりやすかったのは、ソニーのケース。
1999年。ウォークマンで一世を風靡したソニーは、そのウォークマンの次世代商品をラスベガスで発表しました。
そのとき発表された商品は、別々の部署で独自に開発された2つの商品。
ひとつは「メモリースティック・ウォークマン」
というデジタル音楽プレイヤー。
そして、もうひとつも同様に
デジタル音楽プレイヤー「VAIOミュージック・クリップ」。
※ソニーHPより(写真右がVAIOミュージック・クリップ)
同じ会社内で、似たようなコンセプトの競合する商品を同時発表するのは明らかに変ですし、しかも両者に互換性はなかったとのこと。
しかも、間もなくソニーは3つめのデジタル音楽プレイヤー「ネットワーク・ウォークマン」も発表したと言うのです(これは画像が見つからず)。
当時はソニーの多彩な技術力が「ウケた」らしいですが、その内情は実のところ内部分裂した組織が、それぞれ勝手に商品開発を進めた成れの果て。
家電を扱う部署とパソコンを扱う部署が、てんでバラバラに音楽プレイヤーを開発した結果が、この商品の重複を生んでしまったのです。
これって、遥かにスケールは矮小ですけど、同じ商品の提案資料をそれぞれの営業所で独自に作っていたり、デザインに使う素材データを社内共有していなかったり、似たようなケースは散見されますよね。
組織が小さいとこうした無駄は致命的にはなりません。ただ、ソニーほどの大企業になると莫大な開発費を投じて大いなる無駄が生まれてしまうというわけです。
さらに言えば、こうした縦割り組織による業務推進は、コスト面のロスだけでなく、内向きの発想を加速させ、イノベイティブな製品を創造する機会すらも奪います。
結果、ソニーに何が起こったか?
アップルのiPodに完全敗北したのです。
縦割りのサイロと化したソニーの対極にある存在として、アップルが挙げられていました。スティーブジョブズのワンマンな商品開発は、結果的にサイロを作らない組織風土を生みました。
iMacがあって、iPodがある。iTuneがある。そしていまはiPhoneが、iPadがあります。すべてが互換してひとつの商品体験を作り上げるのが、アップルのブランディングです。その統一感あるブランドイメージにぼくたちは惹かれます。
ソニーはなぜ、強固な縦割り組織になってしまったのか。
本書ではその理由も明かされていました。
そもそもソニーは、というかどの会社も最初はそうだと思いますが、志ある経営者とモチベーションの高い少数の社員からスタートします。その頃はサイロとは無縁で、垣根のないブレーンストーミングが行われる、クリエイティブな組織でした。だからウォークマンが生まれたんです。
一方で、組織は拡大の一途をたどります。1990年代末には16万人の従業員を抱える、巨大組織へと変貌。ラジオ、テレビ、パソコン、保険、映画など、扱う分野も多岐にわたります。プレイステーションが生まれたのもこの頃。
そして、これまで会社を強烈なリーダーシップで引っ張ってきた技術畑出身の井深氏、盛田氏、大賀氏に続いて、経営管理部門を歩んできた出井氏が経営のかじ取りを行うことに。
ここで大規模化・複雑化した組織を運営する手法として、組織をサイロに分割することが選ばれました。そう。本書の中で、サイロは必ずしも悪手としては描かれません。複雑化する現代の経営において効率的に成果を上げるために、必要な手法であるとも語られます。
ソニーはカンパニー制を敷き、19あった事業本部を8つのカンパニーに再編。独立採算の体制をつくることで、コストを抑制。利益率が高まり、株価も大幅に上昇。改革は大成功をおさめます。
専門性の高いサイロをあえて作ることで、経営の効率化が進んだのです。
効率化の果てに、最大の非効率が潜んでいた。
独立採算で各カンパニーが経営をはじめると、ライバル企業のみならず、社内の他の部署同士でも競争が始まりました。
結果、
部署間でアイデアは共有されなくなりました。
優秀な人材の異動も抑制されました。
創造的な意見交換もなくなりました。
当時、ミュージックプレイヤーを扱うと同時に、ソニーミュージックエンターテインメントという音楽会社を有していたにも関わらず、そのシナジーが発揮されることもありませんでした。
アップルと見事に真逆をいっているのがすごい。あとから振り返ってみると、ソニーはことごとくスカを引いているのが分かりますね。
この後、新しくCEOに就任したストリンガー氏がサイロを破壊しようと画策するも、強固な組織の壁に阻まれて、改革が失敗に終わる様が描かれます。
最初は効率的に機能していたサイロが、逆にどんどん非効率を生み出していく悪循環がこれでもかと書かれています。この辺りの組織のダメさ加減は、日本の会社組織にありがちなので、共感をもって読むことができましたね。
ストリンガー氏の前に立ちはだかった最大のサイロが、いま最も成功しているプレイステーションの部門だったというのも皮肉でした。
では、サイロへの対抗手段はないのか?
その例として取り上げられていたのがフェイスブックでした。
フェイスブックもソニーと同様、巨大に成長した組織です。でも、ソニーのようにはなりませんでした。その要因がいくつか挙げられていました。
たとえば、新人を集めて実施する研修。
研修を通じて深まった絆が、研修終了後にそれぞれの技術者が各部署にバラバラに配属されたあとも、ゆるやかなつながりを継続させ、部署間の交流の助けとなるのです。
また「ハッカー期間」と呼ばれるローテーション制度により、意図的に社員を異動させることも、サイロが生まれにくい風土の土壌づくりに一役買っていました。
本来、新人研修は、自分の所属したい部署を決めさせるためのもの。ハッカー期間は、優秀な技術者を飽きさせないようにするための施策だったようですが、思わぬところでサイロ打破に役立っていたのですね。
他にもハッカソンの実施や雑談スペースの設置、全社ミーティングの開催、社内でのフェイスブックを通じた交流など、様々な制度や慣習が相互に作用して、サイロが生まれにくい組織がつくられていることが語られます。
サイロの除去には、非効率を許容するゆとりも必要。
これは終盤の病院の章にあった内容ですが、病棟を結ぶ空中通路が、サイロ破壊の思わぬ手助けになっていると書いてありました。ここはそのまま引用します。
「用事があるから通路に行くのだが、結局それとは無関係の人と出会って話すことになる。目的地にたどり着くまでの所要時間は長くなるが、新しいアイデアやニュースを仕入れることができるので、時間の無駄ではない」
いわゆる立ち話の効用について書かれています。組織には効率を犠牲にしてでもやったほうが良いことがあることを、よく示している例だと思います。
話は戻りますが、同様にフェイスブックにも非効率はありました。創業当初から社内イベント時にテイクアウトしていた中華料理店があり、その中華料理店からとった出前をみんなで食べることが、ひとつの儀式として全社の結束を強める機能を果たしているというのです。
フェイスブックは会社が遠方に移転したあとも、その中華料理店を使い続けています。近所から出前したほうが便利なのは明白です。おそらくコストもかさむでしょう。ここでも非効率が許容されています。
明日からできる、組織にサイロを生まないための心構え。
すっかり長くなってしまいましたので、最後に、どの組織でもありがちなサイロを誘発する悪習について引用して終わります。
「フェイスブックの管理職には、お互いについて語るときには具体名を挙げること、それも本名を使うことをうるさく言っている。非人格化した呼称を使っているケースを見つけたら、すぐに介入してやめさせなければならない。『第六チームのマヌケども』とか『バカなマーケティングのやつら』といった言い方は絶対に許容しない。それは特定のグループを非人格化している証拠だから。相手がどんな人たちか知らずに集団を非人格化するところから問題は生じる」
耳の痛い言葉だと思いませんか?
名指しせず、ラベルでくくって十把一絡げに批判するのは、停滞した内向きな組織ではありがちな光景です。
ぼくたちの身の回りには、サイロを生む落とし穴がいくつもあるのです。