映画「サンドラの週末」感想|うつ病で不当解雇された女性が、解雇を受け入れるまでの過程が描かれる。
うつ病で休職していたサンドラは、ある日、企業から解雇を言い渡される。
解雇に至るまでにサンドラは抵抗を試みるが、その過程を、うつ病の当事者や中小企業の経営者、同僚、婚約者など、複数の立場から丁寧に描いたのが、本作「サンドラの週末」だ。
主人公のサンドラを演じるのは、世界で最も美しい顔100で1位に選ばれたこともあるフランスの女優さんマリオン・コティヤール。
あらすじ
社長は、「サンドラの復職」か「残った全従業員へのボーナス支給」か、両者を天秤にかけて従業員16名に投票させる。
その結果、14名がボーナスを受け取ることを支持。
サンドラの解雇が決定する。
この作品では、企業側が一方的な悪としては描かれない。
企業には企業の事情があり、新興国との価格競争に勝ち抜くため、復職と従業員へのボーナスを両方実現するのは難しいという厳しい現実があるのだ。
あえて従業員に投票させたのは、不当解雇あるいはボーナスがなくなることへの反発を抑え込むため。
社長にとっても苦渋の決断であることが描かれている。
解雇されたサンドラは、夫と子ども2人との4人暮らし。
夫はレストラン勤務で稼ぎは少ない。
共働きでようやく生活を維持しているため、職を失うといまの家に住み続けることはできなくなる。
解雇の決定後、サンドラに仲の良い同僚から電話がかかってくる。
そこで同僚が明かしたのは、投票の際に、事前に主任からの圧力があった事実だった。
この事実をもとにサンドラは社長に直談判し、無記名での再投票の機会を得る。
もしも再投票で過半数の賛同が得られれば、サンドラは復職できることになるのだ。
サンドラと従業員たちの対話が丁寧に描かれる
再投票までの期日は2日間。
自らの復職に投票してもらえるよう、サンドラは次々と同僚宅を訪ね歩き、対話を試みる。
自分が解雇されないように同僚を説得する…。
鬱が加速しそうな重いシチュエーションにげんなりしたが、事情を知れば知るほど目が離せなくなった。
サンドラの投票の結末を、見届けたいと思わせられた。
重苦しい展開でありながら視聴を続けられたのは、同僚宅を訪問して説得、再投票という全体像が前もって提示されていたからかもしれない。
個人的な印象としては、復職のために同僚宅を訪れているというよりも、うつ病を乗り越えて社会復帰するための試練を受けているかのようだった。
1件訪問するごとに気力をふりしぼり、ときに逡巡するサンドラの表情はまさに名演。本当にうつ病の患者のようだった。
訪問先では、サンドラを励ます同僚がいる一方で、そうではない者もいる。
ボーナスを選択した同僚たちにも悪意はない。 サンドラ同様に苦しい生活事情があるのだ。
サンドラに浴びせられる厳しい言葉から、彼らの困窮のほどがうかがえる。
サンドラを支持する(ボーナスを手放す)ことで、夫婦の仲が壊れてしまった同僚もいた。
サンドラは、精神的に追い詰められるたびに泣き言を言ったり、ときには薬に頼りながらも、1件、また1件と同僚宅を訪問していく。
ぼくには現実のうつ病のことは分からない。
どんな感覚なのか。どんな気分なのか。
ただ感じたのは、患者の自立のためには、薬だけでは不十分で、夫の励ましも心の支えにしかならないということ。
周囲の理解だけでは現状維持が精いっぱいで、事態を好転させるまでには至らないのだ。
しかし、同僚と対話し、少しずつ投票の約束をとりつけていく中で、サンドラの態度に変化が現れる。
最初は用意していたセリフを話すだけだった彼女が、僅かながらも自らの言葉で説得を試みるようになる。
運命の再投票の日
そして向かえた投票の日。
結果は8対8。
当初の14対2から巻き返したものの、過半数には届かなかった。
社長室に呼び出されるサンドラ。
改めてクビ宣告かと思いきや意外なオファーを受ける。
2ヶ月後に契約社員の契約が切れるから、彼らの契約を更新しない代わりに復職させると言うのだ。
しかしサンドラは復職の打診を辞退する。
オファーを受け入れれば、自分に投票してくれた仲間が代わりに解雇されてしまうからだ。
会社からの帰り道。
サンドラは解雇の結果を電話で夫に報告する。
「苦しくなるわね」
話す彼女の表情は、晴れやかだ。
マイナスから始まった物語が、ようやくプラスに転じた。
うつ病から立ち直るために、サンドラに必要だったこと
夫や友人など、承認してくれることが当たり前の相手から得られる承認だけでは、人は自立を実感することはできない。
自ら同僚と対話して勝ち取ったイーブン(8対8)という結果が、彼女に再び歩き出す勇気を与えたのだろう。
ちなみに、彼女の復職と天秤にかけられたボーナスの額は1000ユーロ。
日本円だと12万円くらいだろうか。
たった12万円のために仲間を裏切らざるを得ない世界。
完全にフィクションとは言い難いのが、いまの日本の現実だろうと思う。
自殺や過労死、裁判を起こすだけが労働問題ではない。
うつ病を患った身近な善き同僚たちは、サンドラのように静かに退場していく。
志を胸に、自ら負けを選択するのだ。