求人広告の営業が決して言わない、中小企業の新卒採用の真実。 ◎「逆転の新卒採用戦略」の感想
共同システム開発株式会社という従業員45名のシステム会社の社長が、自社の新卒採用戦略や求める人材について語った一冊。
中小企業の社長が語る新卒採用、インターンシップの話に興味があったので、ぼくは迷わず手に取った。
- 中小企業の新卒採用として、ひとつの完成形
- 本書で提示される解決策を、実行できる中小企業はほとんどない
- マイノリティの採用をできる中小企業は少数派
- 人事担当者のマンパワー不足は深刻
- 本書は、社長自ら採用活動の陣頭指揮をとることが前提になっている
- 「中小企業※ただし優良企業に限る」の罠
- ここの社長は、なかなかの策士だ
中小企業の新卒採用として、ひとつの完成形
読了して感じたのは、仮にぼくがこの会社の社長(清瀬氏)と仕事をするなら、ぼくからアドバイスできることはほとんどないということだ。
清瀬氏は自社の現状を踏まえて、独自の採用手法をしっかりと確立されている。採用のプロとしてアドバイスできる点が皆無とは言わないが、主な価値提供は必要な内部データや業界の最新情報提供が中心になるだろうと思う。
率直に言って、とても理想的な新卒採用を実施されている。
中小企業で新卒採用を検討されている経営者の方がいたら、まずは本書を読んでいただきたい。そして、自社ならば本書で提示されている施策の数々がどこまで実施可能かをご検討いただきたい。
そのうえで、できない部分を補うための方法を求人会社にサポートしてもらえば良いのではないかと思う。
本書には、中小企業が新卒採用で勝つための真理が書かれている。
新卒採用についてリクルート出身者の著書は数多あるが、本書は書き手が採用の当事者であるぶん、より実用的に感じていただけるはずだ。
「逆転の新卒採用戦略」は、ぼくたち採用のプロがお手上げ状態になるくらい、隙のない良著である。このノウハウが巷に広まれば、ぼくたちは商売がやりにくくなるだろう。
ということは、実はないと思っている。褒めちぎった掌を返すようで申し訳ないが。
ここまで書いた感想はあくまで、経営者の方にとっての本書の価値。採用実務を担う人事担当者の方にとっては、また別の視点でレビューしていく必要がある。
本書で提示される解決策を、実行できる中小企業はほとんどない
提示されている解決策や選考における考え方の一部をご紹介する。
- 一流企業に採用されにくい優秀マイノリティ層を狙う(地方大学・浪人留年経験者・女性)
- 5日間のインターンシップで学生を早期に囲い込む
- 説明会・面接は選考の場ではなく、企業が学生を口説く場
本書では、こういった実例に対して、なぜこの手法が効果的かという根拠を、学生の思考・感情面、データを提示しながら的確に示している。
理路整然。
ぐうの音もでない。パーフェクトな論理。
採用成功はもはや約束されたも同然である。
だが、実を言うと、こういった話はリクナビやマイナビの営業もたぶんしている。こうすれば効果的ですよ、という話は口ずっぱくしている。「だから中小企業でも新卒採用できるんです。リクナビやりませんか?マイナビやりませんか?」と。
しかし、ほとんどの中小企業の答えは「No」なのだ。
言うは易しで、現実は厳しい。
マイノリティの採用をできる中小企業は少数派
たとえば、一流企業に採用されにくい優秀マイノリティ層を狙う(地方大学・浪人留年経験者・女性)という手法を提示すると、人事担当者は渋い顔をする。「いやぁそうなんですよね。それができれば理想なんですが…」。これだ。
浪人するような人はダメだとか、女性はどうせ結婚してすぐ辞めるし妊娠したらめんどくさいとか、求める人物像は社長独自の人材観に左右される。
地方大学は比較的良さそうに思えるが、地元志向が強い人が多く、就職で都会に出てきてもらったとしても、近い将来、地元に帰ってしまうリスクがある。
いくら人事担当者が合格を出しても、最終判断する社長がNGを出したらご破算になるために、人事担当者は結局、社長の操り人形にならざるを得ないことも多い。
しかしそうした企業の社長が悪だとは、ぼくは思わない。当たっている側面もある。正直いって、入社後にすぐ妊娠して、復帰後にまた妊娠して、という人の話を聞いたことがあるけれど、一定以上の体力のある企業でなければ、とてもじゃないが抱えられない重荷である。
それに現実には、もっと真っ当な理由もある。たとえば女性を採用しないのは、あまりに泥臭すぎる営業スタイルであるがために、とてもじゃないが女性には無理。営業先で何かあっても責任は持てない。そんな理由を挙げる企業もあったりする。
マイノリティ人材がマイノリティであるのには、それなりの理由があるのである。中小企業が安易に手を出していい人材と言い難いのは事実だろう。
人事担当者のマンパワー不足は深刻
中小企業の新卒採用において、インターンシップこそがキモ。だから1日間の中途半端なインターンではいけない、と著者は言う。
実際に、著者の会社では5日間のインターンシップを開催。プログラミングをイチから行い簡単なシステムを構築、最終日に社長にプレゼンさせている。システム会社の仕事を疑似体験できるインターンプログラムを用意しているのだ。
学生にメリットを感じてもらえるような職業体験の場を企画することが大事で、魅力的なインターン内容を提示できれば、無名の中小企業にも学生は集まると言う。
さらには、インターンに来たからといって学生はその企業を志望しているわけではないので、魅力的な学生には、企業側から積極的にアプローチすべし、とも。
わかる。100%正論。学生は企業名よりもインターンの内容を重視して、インターン先を選んでいるというデータも確かにある。
ただ、この企業が実施するような5日間のインターンを行うことは、中小企業にとってかなり難しい。
- 5日間のインターンを監督する人は誰か?
- 現場の協力は物理的に得られるのか?
- 学生がインターンを実施する部屋(余剰スペース)は社内にあるのか?
- 複数名の学生をファシリテーションできるレベルの人事担当はいるのか?
- 人事担当に学生を口説ける営業力があるのか?
難問山積である。
中小企業の場合、規模にもよるが人事担当者は通常1名である。総務や経理を兼務している方も少なくない。1日のインターンでも、いっぱいいっぱいなのに、5日間(実質1週間)をフルに学生に費やすなんて、抱える業務量を考えれば土台無理なことだ。
自分のスケジュール調整だけでも困難なのに、営業部署などの協力をとりつけることなど非現実的すぎる。学生がインターンを受講するための、部屋の確保にも頭を悩ませることだろう。
そして一番の問題は、人事担当者の能力だ。著者は新卒採用を「狩り」にたとえている。狩りを会社の仕事に置き換えるなら、それは営業職だろう。だが実際には、人事担当者は、営業経験のない、あるいは営業経験の浅い担当者であることも多い。
複数の学生を適切にファシリテートして研修を進めるのは大変だろうし、おまけに学生を口説けと言われてもどうすれば良いやら思い悩む人事担当の方は多いのではなかろうか。
本書は、社長自ら採用活動の陣頭指揮をとることが前提になっている
実は、本書のかなり早い段階で、そのことに触れている。
では、そのように大事な採用活動を誰に任せるべきなのでしょうか。答えは明白で、その会社の経営者=社長です。
新卒採用がうまくいっていない会社の多くは、社長があまり採用活動に関心を持っていない会社だといわれています。
そのような会社はたいてい、良い人材を獲得することができません。社長の顔が見えなければ、その企業の特色もまた見えないからです。特色の見えない中小企業は、大企業に比べて規模が小さいだけで、何の魅力もない凡百の企業になってしまいます。
人事担当者が単独で四苦八苦してもダメだと、冒頭で一刀両断しているのである。
このセリフこそが、求人広告の営業マンが決して口にしない真理であり、禁句だろうと思う。
なぜなら、こう言ってしまうと、多くの中小企業で「じゃあうちは新卒採用は無理だなぁ」となってしまうから。広告を売る側としては、人事担当者を何とかサポートして新卒採用を実施してもらいたいと思っている。
本音は、社長自ら前のめりで採用活動に参加してもらえたほうが、結果は遥かにでやすい。ただ、会社の事情でそれが無理なら、無理なりにそれなりに採用活動ができる代案を提示したほうが営業マンにとっては楽だし早い。
それに、社長が採用活動に関わることに固執しすぎると、人事担当の方では役不足であると非難していることにもなる。人事担当者の方のメンツをつぶしてしまう結果にもなりかねないのだ。
ただ一方で、著者が主張するように、中小企業は社長の腕一本で成立しているようなものだ。学生に対して、会社の魅力や将来のビジョン、先々の待遇までを示せる人物は、社長しかいないのも事実だ。
自社の力量以上の優秀な学生を獲得するためには、自社内で突出して能力のある人物(つまり社長)が学生を口説くほかない、という理屈はもっともである。
「中小企業※ただし優良企業に限る」の罠
インターンシップは企業が学生を見る場でもあり、学生が企業を見る場でもある。
だから学生から見える社内の雰囲気も大事だ。表面を取り繕ってもお互いに良いことはないので、できる限りありのままを見せよう。もしも、ブラックな企業体質のために外部公開できない状態ならば、新卒採用よりも社内改革が先だと書かれている。
卵が先か鶏が先か、の話ではないが、本書には、新卒採用したいならまずは優良企業になることが先だと言う身も蓋もない前提条件が示されている。
これまた正論だと思う。新卒社員が3年以内に大量離職するのは、ブラック企業であることを隠して採用選考を行う企業があることにも起因している。
著者は、採られた側も不幸だが、採った企業にとってもすぐ離職されては意味がないのだから、まずは学生を受け入れられるだけの経営体制を作りましょう、と言っているのだ。
しかし中小企業側からすれば、こうした理想論のような理屈は、元も子もない話にも聞こえる。
リクナビやマイナビを売らんとする営業マンの中にも、この事実を経営者や人事担当に突きつけられるほどの猛者はそういないだろう。
かくして多くの中小企業の新卒採用は中途半端な成果に終わる。
ここの社長は、なかなかの策士だ
本書には、自社はどこにでもある中小企業、と書かれている。まぁ、スペックだけ見ればそうなのだろう。
しかし、それは真っ赤な嘘だ。
「中小企業=社長の力量でもっている」という清瀬氏の理屈を借りるなら、プロ顔負けの採用戦略を策定し、それを持ち前の交渉力や話術で実現していく社長のビジネススキルは相当に非凡だ。
ここまで新卒採用にコミットできる社長も、全国にどれだけいるだろう。そうは見つからないと、ぼくは思う。
本書の出版にしたってそうだろう。他社に気前よく「中小企業でもできる新卒採用の手法」を指南しているかのように見せかけて、その実、自社のブランディング本というのが真実の姿のはず。
社長は書籍の販売を通じて、さらなる採用基盤の足場固めを狙っている。社長が本を出版している事実は、後ろ盾のない中小企業にとっては、学生から見て多少なりともバリューになる。
どこまでも計算高い社長である。でもだからこそ、その優秀さに学生は惹かれるのだろう。
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非難めいたことを多く書いたが、本書に一読の価値があることは間違いない。
間違いないのだが、いち人事担当者の手におえるような生易しい一冊ではないことも、また事実だ。耳が痛い話になることを覚悟して一読いただきたい。