仕事のできない「良い人」が組織をぶっ壊した話。
事務スタッフが数名ほどの、とある企業の話。
久々に会った知人から聞いて、たいへん興味深かったので紹介させていただこうと思う。
その企業には5人の事務スタッフが働いている。
20代後半から30代前半くらいの女性ばかりの集まり。みんな社会人になってからは事務員一筋のキャリアで、電話応対から書類作成までテキパキこなす。
そんな某オフィスに、あるとき新しい事務員の女の子が入社した。
その子は社内では異色の経歴を持っていた。なんと前職は接客業。事務の経験はないそうだ。コミュニケーション力を買われて、入社が決まったのだという。
これだけなら「ふーん」て話なのだが、こっからが地獄絵図だった。
新人の能力に思わぬ誤算
その新人社員、さすがコミュ力採用されただけあって、めちゃめちゃヒューマンスキルが高いのである。気が利くし、愛想もいい。社員たちからはあっという間に信頼を得た。
心なしか職場の雰囲気も明るくなったんじゃないかと、そんな声もあがりはじめる。
なんていい採用だ。
と思っていたら、これがそうでもないのである。
なぜかというと、待てど暮らせどその新人のPCスキルは伸びなかったからだ。もちろん、まったく成長がないわけではない。だが限りなく牛歩。ふだんからPCを使うタイプの人間ではなく、タイピング速度も遅かった。
この事実に、他の事務スタッフたちは絶望する。なぜなら繁忙に対応するために人員を増やしたにも関わらず、他スタッフの忙しさを吸収できるレベルにはほど遠い状況が続いているからだ。
PCスキルゼロの新人に下された評価
新人ちゃんの評価は、社内でまっぷたつに割れていた。
事務スタッフからは、役立たずで低評価。
他スタッフからは、愛想がよくて高評価。
もちろん他スタッフ全員が新人を歓迎していたわけではない。
仕事で関わる頻度が高い者から新人の能力を疑問視する声もあった。しかし、ほとんどの社員にとって彼女の気持ちの良い応対は新鮮で、隣の芝生はとても青く見えたのだろう。
それにPCスキルなんて時間をかければ誰にだって身につけられる。むしろ磨きようのないコミュ力を備えているぶん、大きなポテンシャルがあると考えられていたことも大きい。
忙しさのあまり、他の事務スタッフたちの態度が悪化していたことも災いした。コミュ力の高い新人との対比で、既存スタッフたちの応対について疑問の声があがり始めた。
対する新人のコミュニケーション力は社内でますます希少となり、高評価を受けるようになる。結果的に、実務能力と社内評価の乖離が進み、既存スタッフたちの間には強烈な不公平感が広がってしまった。
いっそのこと、新人いじめの一つでもあれば良かったのかもしれない。だが、幸か不幸か、職人気質のメンバーばかりの事務チームである。いじめは起こらなかった。新人は新人で、入社まもない緊張感も手伝い一生懸命働いている。
分かりやすい悪者は一人もおらず、だからこそ問題解決は難しかった。
なぜこんな採用をしたのか
そもそも今回の採用の背景は、業務量の増加への対応だけではない。職人気質でモクモク作業者タイプの事務チームに、新しい風を送り込む狙いがあった。面接では、接客業の経験に期待されているという話もあったそうだ。
果たして目論見は成功した。
しかし誤算は、新人の事務適性が低すぎたことだろう。彼女がもう少し早く成長していれば、問題は顕在化しなかったかもしれない。
彼女の活躍で業務負荷が減れば、既存スタッフに余裕が生まれていたはずだ。新人らしい朗らかなコミュニケーションを他のスタッフが見習う余地だって、きっとあったと思う。
チーム崩壊
結果的に、この後、不公平感に耐え兼ねたスタッフの一人が退職してしまった。
レギュラーメンバーが抜けたことにより、ただでさえ忙しかった業務環境が急速に悪化。ここへきて、ようやく新人の覚えの悪さに目が向けられることとなったが、時すでに遅し。
続いて2人目のスタッフも退職することになり、さらには仕事ができない新人ちゃんも居場所を失い退職することが決定。
残った3人を何とかなだめすかし、他部署から応援を入れて、いまは事務チームの立て直しに追われているという。
昔、似たような採用の提案をしてお客さんから却下されたことを思い出した。
チーム強化は、既存社員とのバランスを考えながら行わねばならない。いい採用ができたからといって、一足飛びに会社を生まれ変わらせることなんてできないのだ。血の入れ替えは少しずつやらなければ失敗する。
今回の話を聞いて、改めてなるほどなぁと思った。
ところで、この話をしてくれた知人には、職場の状況が悪化する様子が手に取るようにわかったのだという。
なぜかというと、知人こそが件の新人スタッフだからである。
彼女は、事前に想像していた以上に業務を覚えることができなくて焦り、とにかく必死に頑張った。自分が役立たずな自覚があったので、周囲の人から嫌われないように愛想よくふるまっていたらしい。
状況が悪化している自覚はあったが、会社の期待するスピードで成長するのは無理だった。しかし、そこは悲しいかな。彼女もいち労働者にすぎず、機会が与えられる限りにおいては、頑張り続けるしかない状況だったのだ。
色んな不幸やすれ違いが重なった結果ではあるものの、たった1度の採用失敗が、組織をここまで痛めつけてしまうのだと知り、背筋の凍る思いがした。