明晰な並行世界|相棒シーズン14(17話「物理学者と猫」)の感想
録画したままでたまっていた相棒のシーズン14をようやく全て見れた。
少しマンネリになりがちだった相棒が、 シーズン14で息を吹き返したように感じられたのが相棒ファンとしては嬉しかった。次シーズンへの期待が持てる素晴らしい内容だったと思う。
なかでも印象的だったのは、やっぱり17話の「物理学者と猫」の回だろうか。
これまでの相棒にないSFチックな世界観が波紋をよんだ作品だ。
相棒を知らない人はそもそもこの文章を読まないことを前提に、補足説明抜きにずいずい書いていこうと思う。
逆に、ぼくのように録画していて、これから見る予定の方はお気を付けを。
予想外だった超古典的展開
最初15分くらいで事件が解決するので、おやおやと思っていたら、事件発生前の時点に物語が巻き戻った。
事前に、杉下と堀井准教授が事前にシュレディンガーの猫について話しており、それがストーリーの伏線になっていたということか。
事件発生前まで巻き戻って、そこから別の可能性が描かれはじめる。いわゆるパラレルワールドものの展開だ。
しかし、この並行世界を描く展開自体は率直に言って凡庸と言わざるを得ない。
ミステリーに限らず、並行世界のような展開でもって別の可能性を描きだすミステリーは、よくあるどころか、何度も繰り返し使われてきた手垢にまみれた手法だ。
でも、今回の相棒では、一つこれまでにない不思議な感覚を味わうことができた。
明晰な並行世界
それは相棒で描かれた並行世界が、とても明晰な世界観であったこと。
並行世界と並行世界の区切りがとてもハッキリしており、あっちからこっちまでが何を描いたもので、ここから向こうまでが何を描いた並行世界で、というのがとても分かりやすかった。
通常、パラレルワールドものの物語を見たり読んだりしている最中は、頭に靄がかかった感覚に陥ってしまうのだけど、今回に限っては物語上でのマッピングが完璧にできていたと言っていい。完璧に物語を客観視することができていたのだ。
ふつうなら、もう少し迷い込んだような不安な気持ちでストーリーを進めていくものだけれど、今回はどんどんゴールに近づいている確信を持ちながら見ることができた。
これは自分の中で、まったく新しい奇妙な感覚だったと思う。
相棒にしては珍しく、テクニックで魅せた回
相棒はトリックや物語の仕掛けで鮮やかに魅せるような展開よりも、人間同士の関係性や感情の複雑さに思いを馳せるような、抒情的な展開を持ち味にした作品が多い。
今回はいつもと逆で、珍しくストーリーテリングの技で楽しませる回だったように思う。使い古された並行世界ネタで意表を突きながらも、相棒らしいトーンでその並行世界を描き切った。
並行世界ものにも関わらず、ずっと現実感をもって物語と相対することができたことは、とても斬新な視聴体験だったように思う(一般的な並行世界ものは、主人公の一人称で描かれる作品で、見ているうちに、どれが主観世界か分からなくさせるような作品が多い)。
ただ、展開ありきの物語設計ゆえに、いつもの相棒のような感情の揺さぶりは弱かった。今回に限っては、その演出に割く時間が普段よりも少なかったからだと思う。
いつも通りの相棒として描いても、良作だったはずの神シナリオ
物語の要素としては良いものが出そろっていたのだよなぁ。
堀井准教授の計算式が誤りだっただめに教授が自殺することになり、しかし、教授は優秀な堀井准教授の未来を守るため、計算式の出自が准教授にあることを口外することはなかった。残された堀井准教授は教授の想いを継ぎ、研究の完成を心に誓う。
いつもながら感動間違いなしの、完璧なストーリー。
一点気になることがあるとすれば、事件以前に、教授がそもそも計算式が堀井准教授のものであること(堀井准教授のお手柄であること)を口外していなかった点。
仮に、実験が成功する並行世界が存在していたとするならば、堀井准教授の名前は果たして世に出ただろうか。
教授がノーベル賞を受賞して、しかし、堀井准教授にスポットライトが当たることがなかったとしたら…。
そこにはまったく別の悲劇的な結末が待っていた気がしないでもないけど…、どうだろう……。でも、仮にそうなったとしても、堀井准教授は満足したかもしれない。
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